東京地方裁判所 昭和30年(行)85号 判決 1955年12月22日
原告 中島実
被告 飯田橋労働基準監督署長 外一名
訴訟代理人 森川憲明 外四名
主文
原告の被告飯田橋労働基準監督署長に対する訴を却下する。
原告の被告国に対する請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、原告の主張
一、請求の趣旨
被告飯田橋労働基準監督署長が昭和三十年二月二十二日飯基認第四号として原告に関してなした解雇予告除外認定処分はこれを取消す。
被告国は原告に対して金十五万円及びこれに対する昭和三十年八月二十八日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決を求める。
二、請求の原因
(一) 原告は昭和二十九年十月八日訴外東京寝台自動車株式会社(以下単に訴外会社という)に試用運転手として雇傭され同年十二月一日以降本採用となつて期間の定めなく雇傭されてきたものであるが、訴外会社は原告を懲戒解雇しようと考え、昭和三十年二月十一日労働基準法(以下単に法という)第二十条第一項但書後段同第三項、第十九条第二項に基き被告飯田橋労働基準監督署長(以下単に被告署長という)に対し解雇予告除外認定を申請したところ、被告署長は同月二十二日飯基認第四号としてこれを申請どおり認定したので訴外会社は同月二十五日原告に対し懲戒解雇の意思表示をなした。
(二) しかしながら、被告署長の前記認定処分は次の理由により違法な処分であるのでこれの取消を求める。即ち、
(1) 手続上の瑕疵
(イ) 被告署長は前記認定をなすに当り単に訴外会社の一方的申請及び疏明のみによつて審査し原告になんらの主張ないし弁明の機会を与えなかつた。本件認定が原告に対し職業上致命的ともいうべき重大な影響を与えるものなることを考慮するとかゝる手続上の片手落は昭和二十二年九月十三日基発第一七号、同二十三年十一月十一日基発第一六三七号労働基準局長の通牒をまつまでもなく違法である。
(ロ) 訴外会社が右申請にあたり被告署長に申請した懲戒解雇理由は原告の乗客拒否及び二重駐車のみであるのに被告署長は申請の理由に含まれていない経歴詐称をこれに加え、これを主な理由として懲戒解雇を認定した。解雇予告除外認定制度は本来当事者の私的自治にまかされていた労働契約に対する労働者保護のため特例として設けられた制度であるから使用者の申立てる理由の有無のみを調査すべきに拘らず、右のような認定処分をなしたのはその制度の精神を逸脱した違法の処置である。
(2) 内容の瑕疵
被告署長の本件認定の理由は原告に経歴詐称法令違反((イ)乗客拒否(ロ)二重駐車)の事実ありとするのであるが、原告にはそのような事実なく本件認定は事実誤認の違法がある。
(三) (一)に述べた如く訴外会社は被告署長の右違法な認定に基き原告に対し懲戒解雇の意思表示をなしたが、この意思表示は法律上無効である。しかし無効とはいえ、原告は現在被解雇者として取扱われて唯一の収入の道を絶たれ月々少くとも従来の月収金二万五千円以上の経済的損害を蒙りまた「懲戒解雇」という失職事由のために蒙つた信用上精神上の損害は約金十万円以上に達する。而して、右損害は国の公権力の行使にあたる公務員たる被告署長がその職務たる前記認定をなすについて故意または過失があつて右の如き違法な認定処分をなしその結果原告に加えた損害であるから原告は国家賠償法第一条第一項により被告国に対しこれが賠償請求権を有する。よつて、前記原告の蒙つた損害のうち経済的損害の賠償として原告の得べかりし利益の喪失分たる月収相当額四ヶ月分金十万円並びに信用上及び精神上の損害の賠償として金五万円計金十五万円の損害賠償を請求しまたこれに対する被告国への本件訴状送達の翌日たる昭和三十年八月二十八日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三、被告署長の本案前の答弁に対して
(一) 行政官庁の解雇予告除外認定の制度は単に行政的取締のためにとゞまるのみならず、この認定処分を経ることが即時解雇の効力発生要件であり、それ故に本件認定は原告の労働契約上の権利を直接左右するもので抗告訴訟の対象たる行政処分である。即ち、右認定は解雇に際して解雇予告ないしは解雇予告手当の支払に代えて必ず事前に履行さるべき手続であり、これは社会的弱者の立場にある労働者保護のための制度で、しかも強制規定であるから従つてこの手続を履むことなく行われる即時解雇は我国においては公序良俗違反で無効と解されるからである。
(二) 仮に右認定処分が即時解雇の効力発生要件でないにしても、労働者の法律上の権利に直接影響を及ぼす行政処分であつて当然抗告訴訟の対象たりうる。即ち、労働基準法上労働者は解雇される場合法定の解雇予告ないし予告手当の支払を受けることにより次の生活の準備をする余裕を持つことができる権利を有し、この権利は法律上民刑両面の手段により保障されている。しかるに本件のごとき認定があることによつて労働者はこの権利及びその保障を共に失い、実際には後日の就職にも多大の支障を与える「懲戒解雇」の名の下に即時生計の途を絶たれるに至るからである。
四、被告国の相当因果関係なしとの主張に対して
前記のとおり認定は即時解雇の効力発生要件であるから相当因果関係なしとはいえない。その上仮に効力発生要件でないとしてもやはり相当因果関係が存在する。
即ち、相当因果関係とは直接の法的な関係をいうのではなく事実関係において社会的に相当と見られる因果関係があることを称して法的に相当因果関係があるというのであつてこの意味から不法行為の関係においては違法な行政行為が直接法的にいかなる効力を有するかということではなく、一つの事実としてそれがいかなる効力を有するかを考察しなければならない。そしてある行為が発生した損害の原因となつたというためには抽象的に考察し社会通念に照しその行為が一般的に同種の損害を生じ得る可能性を有する場合でなければならないのであるが、このことはある行為が決定的な原因であるとかまた最終的原因であるとかを要求しているものではないし、一つの行為が一つの損害の原因であるとしても他の行為もまたその損害の原因たりえないというのでもなく、また、行為者は社会通念上その行為に基因すると認めうる損害である以上間接の損害についても賠償責任を負うと解されている。右の見地に立てば、本件の場合たとえば法的に効力発生要件ではなくても、社会通念上一般的にこの違法な認定がなければ即時解雇はされなかつたであろう、認定があれば即時解雇されるという因果関係が存在するし、この認定により労働者がその法律上保護された地位を失わしめられる効果を生ずることは明らかであるから、更に使用者の解雇の意思表示という別の原因も加わつてはいるにしても被告署長の行為は権利侵害及びそれによる損害に相当因果関係なしとはいえない。
第二、被告らの主張
一、被告署長の本案前の答弁
(一) 主文第一項同旨の判決を求める。
(二)理由
原告の主張する被告署長の認定処分は抗告訴訟の対象となる行政処分ではない。抗告訴訟の対象となる行政処分は法律上特別の定めある場合の外、国民の権利義務に直接具体的な影響を及ぼすものでなければならないが、右認定処分は原告の法律上の地位を何等左右しない。蓋し、被告署長の右認定処分は即時解雇の効力発生要件ではないからである。
即ち、労働基準法は使用者が法第二十条第一項但書により即時解雇するについてはその事由について行政官庁の認定を受けることを使用者に義務づけているが、その目的は使用者が忽意的な判断の下に不当に労働者を即時解雇する場合があるを慮り労使当事者外の第三者たる行政官庁をして行政指導ないし行政取締の見地から右事由の存否を正確に調査判断させ不当な即時解雇から労働者を救済しようとするにある。かように行政官庁の行う認定は全く労働行政の点から監督指導的な意味をもつに過ぎない。本来私法上の関係である労使間の権利義務関係においては、実体法或は契約に定められた一定の事由が存在すれば、その事によつて当然に権利義務が発生するのである。即時解雇についても使用者は法第二十条第一項但書に掲げる事由が存在すれば当然即時解雇の意思表示をなす権利を取得し、右事由の存在するかぎり行政官庁の認定を受けなくても即時解雇は有効であり、また、認定を受けていても右事由が存在しなければ無効なのであつて認定は即時解雇の効力発生要件ではない。
右の次第で本訴のうち被告署長に対する訴は不適法として却下さるべきである。
二、被告両名の本案の答弁
(一) 原告の請求はいずれも棄却するとの判決を求める。
(二) 請求原因に対する答弁
請求原因中(一)は認める。同(二)の事実中被告署長が訴外会社の申請により原告に主張弁明の機会を与えずに認定したこと、認定理由が経歴詐称と法令違反の点であることは認めるが、その余の事実は争う。同(三)の事実は争う。
(三) 被告国の主張
原告は被告署長の違法な認定により唯一の収入の途を絶たれ、財産上信用上の損害を蒙つたと主張しているけれども、仮に原告がその主張するような損害を蒙つているとしても、その損害と被告署長のなした本件認定とは無関係である。国家賠償法による損害賠償請求権の成立するためには公務員の違法な職務行為と損害との間に相当因果関係が存在することが必要であるが、被告署長の本案前の答弁において述べたとおり、被告署長のなした本件認定は即時解雇の効力発生要件ではない。従つて、右認定処分と原告の訴外会社における被傭者としての地位の喪失という事実との間には法律上何等関係なく、その地位の喪失は偏に訴外会社のなした解雇なる行為に原因するものであるから、原告の主張する権利侵害、損害と右認定処分との間には相当因果関係が存在しない。
第三、証拠<省略>
理由
一、まず被告署長に対する本訴提起が適法であるか否かにつき考える。
原告の被告署長に対する本訴請求は被告署長のなした訴外会社に対する法第二十条第一項但書、第三項、第十九条第二項による解雇予告除外認定を違法とし、行政事件訴訟特例法にいわゆる違法の処分に当るものとしてこれが取消を求めるところの抗告訴訟である。ところでかかる行政訴訟の対象となり得る行政処分は、その行政行為によつてこれを受ける者の権利義務に関し法律上の効果が発生するものであることを要するのであるから、この見地に基いて右認定行為の性質につき考えると、この認定は即時解雇の効力発生要件と解することはできない。即ち使用者は労働基準法によつて即時解雇するに当り解雇事由につき行政庁の認定を受けることを義務づけられているけれども、この認定あるの故に労働者に対して予告手当を支給せずに即時解雇をなし得る法律上の効果を生ずるものではない。使用者のなす即時解雇の意思表示の法律上の効力は専ら法第二十条第一項但書所定の事由の存否にかかる実体法上の問題であつて行政庁の認定とは無関係であると解するのが相当である。元来労働基準法が行政庁の認定の制度を設けたのは、使用者が労働者を解雇するに当り自己の恣意的な判断に基いて即時解雇に値する解雇理由ありとして不当に平均賃金の支払を拒否しようとするのを防止するためであつて、これによつて使用者を指導監督し、以つて労働者の保護を図ることが目的である。従つて行政庁の認定はそれ自体として使用者に何等の権利義務の効果を発生させるものでもなく、また平均賃金の不払を正当づけるものでもない。それ故、かかる行政行為はこれを取り消してもこれに基づく法律関係になんら影響のないものであるから行政事件訴訟特例法第一条にいわゆる行政庁の違法な処分には当らないと解すべきである。
原告はこの点に関し仮に右認定処分が即時解雇の効力発生要件でないとしても、この処分により労働者はその法律上有する解雇予告ないし解雇予告手当の即時支払を受け得られなくし、また、事実上後日の就職にも支障をきたすから、労働者の権利利益に直接影響を及ぼす行政処分であるとの見解を表明する。しかしながら使用者は独自の判断に基いて労働者に対し即時解雇の意思表示をなすものであつて、これが不当になされることによつて労働者の権利又は利益が害されることがあつても、行政庁の使用者に対する指導監督不充分即ち不当の認定という行政行為に基づく結果であると解することはできない。
右の理由により被告署長の本件認定行為は行政事件訴訟特例法第一条にいわゆる行政庁の処分に該当せず抗告訴訟の対象たりえないと解せられるから、原告の被告署長に対する本訴請求は不適法として却下すべきものとする。
二、そこで、次に被告国に対する訴について判断する。
原告が訴外会社に期間の定めなく雇傭されてきたところ、訴外会社は原告を懲戒解雇しようと考え、昭和三十年二月十一日法第二十条第一項但書後段第三項第十九条第二項に基き被告署長に解雇予告除外認定を申請したところ、被告署長は同月二十二日これを申請どおりに認定し、訴外会社は同月二十五日原告に対し懲戒解雇の意思表示をなしたことは当事者間に争いない。原告は右認定処分には被告署長の故意または過失に基く違法があり、この違法な認定処分の結果訴外会社より懲戒解雇の意思表示を受けると共に解雇された者としての取扱を受け損害を蒙つたと主張するが、被告国は右事実を争うとともに、仮に損害ありとするもこれは被告署長の認定処分との間に相当因果関係がないと主張するのでまずこの因果関係の点につき判断する。使用者が解雇予告手当を支給せずに労働者を即時解雇しようとする場合には法第二十条第一項但書第三項第十九条第二項に基き行政官庁の認定を受けることを要求せられこれに違反するときは罰則の適用を受けるので、これを免れ、行政監督に服するため、予告手当除外の認定を申請するのであるから、認定が得られればその提供をなさずして即時解雇の意思表示がなされるであろうし、認定が得られなければ予告手当提供の上で解雇し或は場合によつて解雇自体を思い止まることがないではなかろう。しかし原告主張のようにこのことから直ちに認定あるの故に即時解雇の意思表示がなされたと結論することはできない。なぜならば、使用者は認定のなされるまでに既に独自の判断で解雇を意図しているのであつて、その解雇について予告期間を置くか又は予告手当を提供すべきかどうかに関して行政庁の指導監督を受けるに過ぎないことは前記の通りであるから、行政庁の認定と解雇との間には原因結果の関係の存在しないことは明白である。即ち行政庁が使用者を教唆し又は使用者と共謀し解雇の挙に出させたというような特別の場合(本件はこの場合ではない)を除いては行政庁の前記指導監督の立場から推して使用者のなす解雇について、単に予告期間又は予告手当に限り関与するに止まり解雇の意思決定及びその解雇を懲戒解雇とするこれについては何等法律上の関係はないものといわざるを得ない。従つて仮に使用者のなす解雇の意思表示、被解雇者としての取扱、懲戒の名を冠して解雇したことなどが違法に労働者の権利を侵害し、これにより労働者が損害を蒙つたとしても、それは、専ら使用者の独自の行為のみに起因するといわねばならないから、本件においても原告が訴外会社の懲戒解雇の意思表示などにより権利侵害を受け損書があるにしても、これは訴外会社が独自の判断に基いてなした行為に起因するのであつて被告署長の認定行為との間に原因結果の関係あるものということはできない。よつて、その余の事実につき判断するまでもなく、原告が被告国に対し損害の賠償を求める本訴請求は失当である。
三、以上の次第で、被告署長に対する訴は不適法として却下し、被告国に対する請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 西川美数 綿引末男 三好達)